変態的な思考ドM。うじうじにも意味はあります。

ダリ

非常に恥ずかしい。
こういう媒体でしかぼくは自分の成長や日記を書き記せない。


家に居場所がないせいなんだよな。まあ、自業自得の納得だからそんなにダメージないんだけど。


なんでこう、急かすかね。焦らすかね。。。
成功の糸口の端がちらちらと見えるんだけど、手でつかむほどに強度がないから眺めることしかできない。要するに、絶望に近い最悪状態が発生する。ぼくは毎回そこで体力を削られて力尽きてしまうのだ。めんどくせっ!笑



なんて、歪な思考なんだろうか。そういって卑下しても何にもならんさ。


このブログのタイトルははやおのうじうじ日記です。
このタイトルは自分が宮崎駿に似ているなと思って宮さんのまねをして書いているんです。
公立図書館に宮崎駿の本があってそれを読んだだけ。その本は面白かった。すごく。
似ているかどうかは別として、ぼくに宮さん的要素は微量だけあるみたい。それか無いか。


実際はただのニート青年です。なんの生産性もないからブログを描いて人間とうんこ製造機との間を行ったり来たりしているだけで、やれることなんてあんまりない。


だから、インターネットっていう意味の分からん世界で遊んでいるんだなと。
現実の人たちはどうやら同じ境遇の人や気持ちを持っていないからぼくはいにくいなと思ってここらへんにへばりつくしかない。


ぼくなんかよりもよっぽど深くにいる人もいる。申し訳ない気持ちでブログを書くしかない。


でもね、わかったんだ。
ぼくがなぜ現実でもネットでもうまくいかない自分を演出するのか。


うまくいっていない自分が大好きなんだなーって。ぜんぜん、意味わかんないでしょうが、ほんとうなんですよ。ぼくはそれを肯定するだけうまくいかないよ!って叫んできた男ですから。きっと、文明がここまで発展していなかったら生きていなかったやつなんだ。


ぼくは人に生かされているから、そのぶん、うまくいかなくても狡く生きているからそれで満足するんだと思うわけです。ひとりだったら野垂れ死ぬのは間違いないですから。


なんやかんやいってましたが、ぼくも働きたいと思っていますよそりゃ。
でも、ずんずん行くのは僕の好きなパターンじゃない、それだけでつらいとか憤りとか感情を醸して頭をめちゃくちゃにして毎日を悶々としている。ドMもいいとこですよ。笑


まあ、そうするのはあくまでも自分としてですが、やりたいことがあるからなんです。
表現者としてのなにか才能や熱望というのは見当たりませんが、なにかをひっくり返したい、そんな欲望が僕の中にあるんです。それがあまりにも強くていままで気づかないくらい自分を侵していた。


意味不明に映るでしょうけど、ぼくはそれでも思考の渦とか、そういう気難しい物だけではなくて幼いころからずっと持ち続けている何かをずっと実行してきたなというものが胸中に実感としてあります。


まあ、いまはまったくどういうものなのか自分でもわからないから、大ぼら吹きもいいところなんですが。笑


とにかく、就労意欲のある若者の面を被って、しばらくはこの熱を温めなおしていきたい。いつか来る自分の爆発する瞬間まではやおで居ようと思う。